【貸株市場を徹底解説⑦】貸株サービスの多様化と課題
今回は、貸株市場入門のまとめとして、「貸株サービスの多様化と課題」を厳選して紹介していきます。
貸株サービスの多様化
- auカブコムが貸株版SaaSを提供
- SBIがオプション取引と組み合わせた貸株サービスを開始
- 信用貸株(楽天)と代用貸株(auカブコム)
貸株業界の課題
- 貸株市場のオペレーションの煩雑さ
- 「受託者責任」と「スチュワードシップ・コード(機関投資家の行動指針)」の間にいる運用会社
- 貸株サービスの障壁となっている税制
貸株サービスの多様化
各社、貸株サービスの細かな機能が並んできたこともあり、次のサービスを展開しています。
貸株SaaS(auカブコム)
auカブコムは、貸株市場に流す株の調達経路の拡充を図っています。
auカブコム証券は、自社の投資家向け「貸株サービス」をSaaS形式で開放し、むさし証券の投資家向けに「貸株サービス」として利用提供いたします。
auカブコムは、数年前からそういった構想を練っていました。
当社がハブになることで、これまで参加できていなかった企業も、当社レンディング専用WEBページから、株の貸出業務に参入できるよう、プラットフォームを形成したいと考えている。
計画としては、2021年7月開始としていましたが、まだリリースは見えていません。
特約付株券等貸借取引(SBI)
SBIは、貸株サービスを複雑化した金融商品を開発しました。
株式会社SBI証券(本社:東京都港区、代表取締役社長:髙村正人、以下「当社」)は、2021年4月23日(金)から、主要ネット証券初となる特約付株券等貸借取引のWEB受付を開始しますので、お知らせします。
名前がややこしいですが、本質的には、貸株+個別株のオプション取引です。
特約付株券等貸借取引(カバード・コール型)
- 投資家:貸株+コールの売り。期末評価額の受け取り。
権利行使価格を超えると、権利行使に応じる義務が発生する。
→特約権料が手に入るが、値上がり時の収益は逃すことになる。 - SBI:借株+コールの買い。期末評価額の支払い。
権利行使価格を超えると、権利行使する。
特約付株券等貸借取引(プロテクティブ・プット型)
- 投資家:貸株+プットの買い。期末評価額の支払い。
権利行使価格を下回ると、権利行使できる(させられる)。
→特約権料を支払うことになるが、値下がり時の損失は限定できる。 - SBI:借株+プットの売り。期末評価額の受け取り。
権利行使価格を下回ると、権利行使に応じる義務が発生する。
複雑な金融商品が登場した際には、注意したいものです。
筆者が気にしている点は、次の通りです。
疑問点
- タダでやるわけない。オプション価格(特約権料)は適正か。プロが価格設計しているということに注意したい。
- なぜ貸株と絡めたか。貸株市場の先で行われていた金融取引を、SBI自身で行おうとしている?
- 売却制限をつけることで、借入ポジションの安定と収益機会を確保している?
なお、この「特約付株券等貸借取引」は、対面証券では従来から提供されていました。
対面証券がこの「特約付株券等貸借取引」を行い、純粋な「株券等貸借取引」(=いわゆる貸株サービス)を行わない理由は何でしょうか・・・
そして、SBI証券が、「特約月」に踏み切った背景とは。
代用貸株か信用貸株か
「信用取引の代用有価証券を貸株できるサービスをなんて呼ぶか」問題について紹介します。
”信用貸株”だの”代用貸株”だの、似たような名前が貸株界隈で飛び交っています。
これは、auカブコムが”代用貸株”を商標登録し、他の証券会社がその用語を使用できなくなってしまったためと考えられます。
それに関するサイトがコチラです。
カブコムが”代用貸株”を商標登録しましたが、後に異議申し立てをされています。
結果は、登録維持となりました。
ちなみに楽天はその後、”信用貸株”という名称で商標登録をしています。
貸株業界の課題
貸株取引のオペレーション効率化
2000年代に一般貸借の仕組みが整備されました。
しかしながら、相対の取引であるせいか、貸株取引のオペレーションにアナログな慣行が多いようです。
オペレーション効率化のため、業界をあげての取り組みがあります。
2014年、証券決済を担っているほふりクリアリングという機構が貸株DVP決済を開始しました。
決済リスクの削減 ・金融庁の「金融・資本市場に係る制度整備について」(2010年1月公表)に基づき、貸株取引に係る決済リスク削減のためのスキーム(貸株DVP)を実現。
最近では、JPXを中心に、貸株DVP決済制度では補えなかったオペレーションの効率化を進めています。
株券貸借取引については、新規取引及び返済取引に係る照合・DVP決済のインフラは存在するが、貸借料・担保金金利・配当金相当額の照合についてはインフラがなく、メール等でのコミュニケーションとなっている。
貸株における受託者責任とスチュワードシップコード
ETFを運用する資産運用会社なども、保有株を貸株市場で運用することで、収益をあげています。
野村アセットはETFが持つ個別株を貸株市場で運用する態勢を整え、それによって得られる貸株料収入の約半分を受益者(日銀)に還元するとともに、約半分を受託会社(信託銀行)と山分けしている。
しかしながら、運用会社を悩ませる板挟み構造がここにあります。
確かに運用会社は、受託者責任のもと、投資家の運用収益を最大化するために、期末を跨いで貸株をしたいと考えます。
受託者責任
フィデューシャリー・デューティー(Fiduciary duty)の和訳。受託者(投資信託や年金の制度設計、資産の運用に携わる者)が受益者に対して果たすべき責任と義務のこと。
こちらの記事でも解説したとおり、「期末をまたぐ貸株」は、需給が逼迫するために貸株料も増加します。
しかしながら、期末を跨いで貸すことは、議決権を放棄することになります。
つまり、スチュワードシップ・コードに反する可能性が出てきます。
「スチュワードシップ責任」とは、機関投資家が、投資先企業やその事業環境等に関する深い理解に基づく建設的な「目的を持った対話」(エンゲージメント)などを通じて、当該企業の企業価値の向上や持続的成長を促すことにより、「顧客・受益者」(最終受益者を含む。以下同じ。)の中長期的な投資リターンの拡大を図る責任を意味する。
この矛盾をどう説明していくのでしょうか。
(関連記事)後半部分
税制
個人投資家のさらなる貸株市場への参加促進が期待されています。
しかし、税制度が、貸株サービスにとって優しくなく、個人投資家の貸株サービス利用を阻んでいます。
一つは、配当金相当額の二重課税問題。
貸株サービスで株を貸して配当金の権利確定日を跨いだ場合、配当金相当額を受け取ることができます。
しかしながら、源泉徴収後の額しか振り込まれず、さらに雑所得扱いになってしまい、さらに目減りしてしまう、という問題があります。
コチラの記事で解説しました。
2つ目は、貸株金利の課税方法。
貸株金利は雑所得扱いとなるので、所定の条件を満たすと、確定申告が必要になってしまいます。
特定口座の源泉徴収ありで納税をおまかせしている投資家にとっては、手間が増えてしまいます。
これからの貸株市場
貯蓄から資産形成という時流で、ますます資産運用が民主化していきます。
その過程で、株式を保有する投資家も増えてくるでしょう。そういった人は、株を貸す、という選択も取れます。
同時に、信用取引によって積極的に収益を追求するような投資家も育ってくるでしょう。
その売買取引環境を裏方で支える(株の流動性を与える)のが、貸株市場なのです。
流動性を与えたことによる対価こそが、貸株料であるともいえます。
ほんの僅かではありますが上の事例で紹介したとおり、貸株業界が、貸株市場の整備に向けて日々邁進しています。
「貸株サービスで儲かる、という投資家あるある視点」以外を皆さんに提供できていましたら幸いです。
今回の記事は以上になります。ここまでご覧いただきありがとうございました。
貸株市場入門編はこれで終了です。お疲れさまでした。
貸株サービス・信用取引の向こう側で起きていること・筆者の持論を紹介させていただきました。
株式投資のヒントにしていただけますと幸いです。
☆貸株サービスをもっと知りたいならこちら☆
貸株サービスの解説記事をまとめました | 貸株.com (kashikabu.com)
こちらを参考に執筆いたしました。
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